幻灯日誌

剣術紳士のまた~~りとした日々の事など

レインです。体調崩してからもう20日も経ってしまいました。

いまだに喉が痛くてまいっちんぐ。

さて、先日復帰したヴァナではレインもレベル70になり、限界突破クエ真っ最中であります。

クエアイテムの『偉大なるナイトの証』取得の為に何度も何度も死にますた。

もうムリ!ってことでシャナさん召還、思った以上にあっさりGET!

そしてついにマート爺さんとの対決へ


対決!マート爺


爺すっげぇ強いんですけど・・・


対決!マート爺2


2回負けて3回目、かなり調子よく戦って、もう少しって所で爺が強力なWSを連続で・・・・これ勝てないんじゃね?


対決!マート爺3


エリクサーを購入して4度目挑もうとしたら・・・ナイトの証がない!!!!!

wikiで調べたっけ、3回目失敗で消滅・・・(´;ω;`)ブワッ

シャナさんごめん、時間あるときでいいからもう一度ベドー付き合ってください・・・・





マイチョコボ産まれました!!!

マイチョコボ

マイチョコボ寝る



マイチョコボ2


マイチョコボ3


なんか黒くなったw



プニッシュ人形

部屋にフィギュア置いてニヤニヤしてる人の図




リクの子ども達ですよーー!

赤いのがコタロー♂

黒いのがモモコ♀です。

36

37

07

14

35

かわいいですねー(*´∇`*)

しかし喉が痛い、仕事早く終わらせてこよう。ではまたね♪




レインです、こんばんわ。

参りました。祖母の通夜前日辺りからすっかりノロウィルスに侵されてしまって数日トイレの神様状態に、ようやくノロウィルスが治ってきたと思ったら今度は姪っ子が学校から持ち込んできたインフルエンザに侵され数日間高熱が引かずにぐでんぐでんに(*´'Д'):;*.':;ゴホゴホ

ようやっと熱がだいぶ下がってきたので、あとは喉の調子さえ戻ればバッチリなんだけどねぇ。や、ほんと健康が一番ですね。本当にそう思いました。

あ~、もう半月くらいゲームしてないなぁ、早く身体元に戻してFF11の最後の追い込みしたいな。でもまぁ、いまはまずは身体休めて仕事に支障ない状態にするのが第一なので、完全復活まではゲームは封印!


では、最近撮ったリク写真でもどうぞ~♪

リク 雪の疾走
リクが雪の中を走る時のテンションは普段の8割り増しです。雪大好きみたいw

リク 雪の朝
溶けてくるとちょっとさみしそうw

リクウサギ
新種リクウサギ

リクカラオケ
いま私が習得を目指してる「一緒に遠吠え」。完全にモノにできたら動画でUPしたいな。

リク 雪解け
最近妙に食欲が出てきてさらに贅肉増量中

ジュリとカメラ
今年の誕生日プレゼントはデジカメをあげました。気に入ってくれたようでホッ。女の子へのプレゼントは年齢関係なしに難しいです。

ジュリと撮影2
ジュリがいるとリクは私を無視するので叔父ちゃんちょっと寂しい感じ。

ジュリと撮影
少しでも感受性豊かになって、彼女達のこれからの人生がより彩られればいいなぁとか考えたりしちゃうのです。






レインです、こんばんわ。

先日の大雪はすごかったですね。私が仕事で配達へ行く時に吹雪のように大粒の雪が降り始めてきて、瞬く間に白銀の世界に変わってしまいました。

実家のちびっ子3人とリクは大はしゃぎで雪が降る中めいいっぱい遊んでいました。

リクも異様にテンションが上がっていて見てるのが面白かったです。



リク雪の降る夜子供達と



配達から帰る時にはあちこちの坂でスリップで動けなくなっている車がいっぱいでした。あんなに急に大量の雪が降るなんて誰も思わないですよねぇ。

リク 雪の朝

また今年も雪だるまを作ってリクと写真を撮ろうかと思いましたが、水分を多く含む雪だったので朝方になるとカチコチに固まっていて雪だるまどころか雪玉も作れない状態でした。


話は変わりますが、昨年の夏に私が料理人をやっていた若い頃に住み込みで働いていたレストランにいたノンナ ルイジーナ(ノンナ=おばあちゃん つまりルイジーナおばあちゃん)が亡くなりました。

ルイジーナと神父


ルイジーナは当時まったくイタリア語が出来ない状態でイタリアで働き出した私にとてもとてもやさしくしてくれました。

しかしイタリアへ行きたいって気持ちだけでろくに語学も勉強しないで現地で暮らすとか、あれが『若さ』、なんでしょうね。でもまぁ、日本のレストランで働いていた時もシェフやマネージャーがイタリア人だったから、料理用語は全てイタリア語だったから仕事に関しては問題なかったですけどねー。

ルイジーナの朝


レストランの二階にある下宿部屋で生活していた私は毎朝近所の教会の鐘がなると起きて、厨房へ行くといつも難しそうな顔で新聞を読むノンナ ルイジーナがいました。私の姿を見ると、毎朝カプチーノを淹れてくれて、朝食代わりのラスクを用意してくれました。

ルイジーナとビンゴ

朝食が終ると愛犬のビンゴを連れて散歩へ出かけます。

レストランは北イタリアの標高500Mの小高い山の上にあったので、遠くにある都市ヴィチェンツァや、その先にある美しいアルプス・ドロミテ山脈を眺めるのが大好きだった私はよく使い捨てカメラを持って一緒に散歩へ行ったものでした。

リストランテ ペナーチョの人々

私が勉強の為に次のレストランへ移る際には大泣きするノンナをなだめるのが大変でした。ノンナは怖い顔しているのに本当に優しくて涙もろい人でした。イタリアの人達は本当に出会う人みんながやさしくて私のことを家族のように接してくれました。ノンナがいたおかげで私はイタリア人の中に溶け込めたと思っています。ああ、会いたいなぁ。私の作る洋梨のタルトが大好きで、レストランのシェフである娘のイメラに見つかると怒られるって言うんで、こっそりとルイジーナの分のタルトを渡してこそこそ部屋へ行くあの後ろ姿が本当に愛おしかったですね。




これから書くことはブログに載せるべきではないのかもしれないですが、ちょっとだけしんどいので吐き出させてください。

私の祖母は私が小学校1年生の夏に、仕事中に耕運機に巻き込まれて左肩と右足を失いました。

大手術と10ヶ月の入院を経て家に帰ってきてからも、義足を付けて普通に生活をしていました。仕事も事故前と同様にしていました。体力の低下から義足を使えなくなったのは8年ほど前でしょうか。

事故から20数年、祖母の生活から痛みが無くなる事はなかったです。年が経つごとに痛みを抑える為に強い薬へと変わっていき、薬の量も増えていきました。一番強く効く薬も効果があったのは2年ほど前までで、痛みにじっと耐える祖母を見ているのはいたたまれなかったです。本当に祖母の苦しみの前には私は子どもの頃と変わらずあまりに無力でもどかしかったです。自分がなにをしてやれるんだろう?ってのはもう本当に子どもの頃からずっとずっと思っていました。

祖母はもう82歳ですが、そんな身体なのにものすごく働きます。働いている時だけが少しだけ痛みを忘れられる。って言ってましたけど、本当は家族の為に働いていたんでしょうね。

ここ最近かなりこっちは寒くなっていて、家族からもノロウィルス感染者が出たりしていたので警戒はしていました。ですが、昨日まで元気に働いていた祖母が今朝になって急に体調が悪いと言って来たので、普段は体調が悪いとか絶対に言わない人だったので不安になりつつも急いで病院に連れて行きました。

急性肺炎でした。心臓もだいぶ弱っているらしくて、お医者様からは2~3日だと言われました。私や父は祖母には悟られてはいけないと言い合っていましたが、祖母は自分でもうわかっているようで、家族全員病室に呼んでほしいと言って、、一人一人手を握って最後の挨拶をしていました。口を開くのもつらいだろうに。

以前も一度結核になって、こういったことがあったんですが、その時は奇跡的に助かって元気になりました。今回もそうであってほしいと願っています。

祖母も祖父ももう歳だし、近い将来こういうことは必ず来るって覚悟していましたが、全然覚悟なんて出来てなかったですね。祖母の手を握る力も、家族や私にかける優しい言葉ももうつらくてつらくてしんどいですね。


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